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東京高等裁判所 昭和59年(う)267号 判決 1984年7月17日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊佐山芳郎及び同吉岡睦子が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事宮﨑徹郎が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一控訴趣意一ないし四(訴訟手続の法令違反の主張)について

弁護人の釈明を参酌すると、論旨は要するに、本件自動速度取締機(RVS)によって被告人らの容ぼう等を写真撮影したことは、憲法、道路交通法及び昭和四二年八月一日付警察庁次長通達(「道路交通法の一部改正とこれに伴う交通指導取締り等の適正化と合理化の推進について」)に違反し、かつ刑罰権発動の適正公平を欠く違法な捜査であり、これによって得られた写真及び関連証拠は証拠能力がないのに、原判決はこれらを証拠として採用し、原判示の速度違反の各事実を認定したが、右は判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反であるというのである。

そこで、記録を調査し、検討すると、原判示罪となるべき事実は、三個の道路交通法違反(速度超過)の事実、すなわち、被告人が第一、昭和五七年八月三日午前零時五三分ころ、最高速度が六〇キロメートル毎時と指定されている東京都世田谷区北烏山六丁目二五番付近道路(中央自動車道下り線)で一二三キロメートル毎時の速度で、第二、右同日午前二時一三分ころ、最高速度が六〇キロメートル毎時と指定されている同区北烏山八丁目五番付近道路(中央自動車道上り線)で一三四キロメートル毎時の速度で、第三、昭和五八年二月一五日午後一一時一一分ころ、最高速度が五〇キロメートル毎時と指定されている同都板橋区大原町二四番地付近道路(首都高速五号線上り線)で一二一キロメートル毎時の速度で、それぞれ普通乗用自動車を運転して進行したというのであるが、右各犯行は、警察官があらかじめ右各場所に設置した自動速度取締機(RVS)によって速度が感知測定され、被告人運転車両が前面からナンバープレート(登録番号標)、運転者の容ぼうを含めて撮影され、日時、速度等と共にフイルムに記録されたことにより警察官に発覚し、これにつき捜査が行われて起訴され、原判決も右の各撮影にかかる写真を主要な証拠として前記各事実を認定したものであることが認められる。本件各取締機の速度測定装置が正確で、本件各犯行当時正確に作動したと認められることは、原判決説示のとおりである。以下、所論の各主張に対して判断する。

一  所論は、右各写真撮影が憲法一三条に違反しないとした原判決の判断は同条の解釈を誤っている旨主張する。しかし、この点については原判決が弁護人の主張に対する判断として理由を附して説示しているところであって、右説示は正当として是認することができる。そこで、ここでは右説示を補足するにとどめることにする。

当裁判所も所論の引用する昭和四四年一二月二四日の最高裁判所大法廷判決(最高裁判例集二三巻一二号一六二五頁)と同様の見解を採るものである。すなわち、何人もその承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が正当な理由もないのに個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し許されないのであるが、警察官が犯罪捜査の必要上個人の容ぼう等を含む写真を撮影することは、(一)現に犯罪が行われ又は行われたのち間がないと認められる場合であって、(二)証拠保全の必要性及び緊急性があり、(三)その撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われるならば、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、憲法一三条等に違反しないと解すべきである。被告人が本件三回にわたり写真撮影をされたのは、現に被告人により六三ないし七四キロメートル毎時超過という大幅な速度違反の犯罪の行われていることが取締機の装置によって感知測定された際であることが明らかであるから、右は警察官の現認と同視することができ、その測定が単なる目視によるよりもはるかに正確であることも明らかであるから、右(一)の要件は十分充足されている。(二)の要件が充足されていることも原判決のいうとおりである。ナンバープレートを撮影するだけでは、運転者を特定できなくなることがある。また、本件写真撮影の方法は運転に危険を及ぼすものではないと認められ、被告人の行動の自由を制限するものでもないから、(三)の要件も充足されているというべきである。なお、原判示第一及び第二の各事犯については、当時、女性の同乗者が助手席に座っており、被告人と共に写真撮影されているが、同女は本件取締機の機能上、被告人の容ぼうの写真撮影を行う際に除外することができない状況にあったのであるから、右判例の見解に照らし右各写真撮影は憲法一三条に違反しない。このことによって被告人及び右女性のみだりに撮影されない自由のほか、同人らのプライバシーが侵害されたとしても、右撮影の必要性及びこれによって得られる利益と比較考量すると、右侵害は捜査の必要上やむをえないところであって、公共の福祉のために許容されると解すべきである。

二  所論はまた、原判決は、写真撮影の対象の中に違反運転者の容ぼう等のほか、その身辺にいたためこれを除外することができない第三者のそれを含むことになっても、集会結社の自由に関する憲法二一条一項に違反しないとしたが、このように安易に撮影を認めるのでは人権保障規定は有名無実になる旨主張する。しかし、そもそも本件において集会の名に値するものが存在したことは認められない。かりに観念的に集会の自由の侵害があったとしても、前述の三要件に加えて、本件の各写真撮影は交通事犯の捜査目的に必要かつ相当と認められる範囲内で行われたものであり、撮影された写真が右目的以外に濫用されたことはないと認められることを考慮に入れると、右各写真撮影は憲法二一条一項にも違反しないと解すべきであり、右所論は失当である。

三  更に所論は、本件各写真撮影は十全の事前警告なしに行われているので相当性を欠く旨主張する。しかし、原判示第一の犯行現場の手前約一七六〇メートル、同一六八〇メートル、同一三八〇メートル、同二五〇メートル、原判示第二の犯行現場の手前約三九七〇メートル、同二七九〇メートル、同一三九〇メートル、同二三〇メートル、原判示第三の犯行現場の手前約六八二メートル、同四五五メートル、同二五七メートル、同七七メートルの道路左側等にそれぞれ「自動速度取締機設置路線」と表示された警告板が設置されていることが認められ、右各道路を通過する自動車運転者は通常これに気づくはずであって、所論のように右警告板の表示が見えにくいとは認められず、警告は十分に行われているということができるから、所論は失当であり、かえって、一般に、この警告を認識しつつ大幅な速度超過を行う自動車運転者は、撮影されることを認容したものと推定されてもしかたないのである。

四  所論は、被告人は本件各現場において写真撮影された際、いずれもその場で弁解の機会を与えられておらず、記憶が定かでなくなった後日になって初めて事情聴取されているにすぎないから、このような捜査方法は憲法三一条に違反する旨主張する。被告人が本件各違反場所において、その場で警察官に対して弁解の機会を与えられていないことは所論のとおりであるが、被告人は本件各現場で停止を命ぜられたわけではなく、もとより現行犯人として逮捕されたのではない。捜査官が犯罪状況を撮影したとき、直ちに犯人に弁解の機会を与えなければ憲法三一条に違反するとは解されない。のみならず、被告人は原判示第一及び第二の各事実については昭和五七年一〇月二一日、原判示第三の事実については昭和五八年七月一四日司法警察員からそれぞれ写真を示されて事情聴取を受け、本件各犯行の動機、態様等について詳細に自白し、なんら不服を唱えていないのであって、右第三についての事情聴取の時期が遅くなったのは被告人の転居、入院、不在などによるものであり、右自白内容からすると、本件各犯行についての被告人の記憶が当時薄れていたとは認められない。したがって、本件各捜査が憲法三一条に違反するという主張は採用できない。

五  次に所論は、道路交通法一条の法目的からして、速度違反の取締りにあたっては違反車を一律に処罰の対象とすることは許されず、運転者に対する指導や警告が十分なされなければならないのであり、前記警察庁次長通達には、「定置式速度取締りに当っては、速度違反に起因する交通事故の多発道路、多発時間を選定するなど、交通事故防止上効果的な取締りを実施するよう留意すること」との項目があるのであるから、違反当時の車両交通状況、道路状況及び交通事故の多発時間帯であるかどうかを具体的に検討しなければならないと解されるところ、本件各違反場所はいずれも舗装された直進する高速道路であり、降雨もなく、違反時刻も他に走行車両のない深夜であったのであるから、本件各違反行為はいずれも具体的危険性がなく、本件各取締りは前記法の目的及び通達に違反するものであるのに、原判決は右の諸事情についてなんら具体的に検討することなく本件取締りを違法ではないと判断している旨主張する。

しかしながら、本件は前記のとおり、いずれも制限速度の倍以上の高速運転事犯であるのみならず、本件取締機は、本件各犯行当時それぞれ指定最高速度を四〇ないし五〇キロメートル毎時程度以上超過した車両のみを捕捉するように調整されていたのであって、速度違反車両をすべて一律に取り締っていたのではないことが認められる。そして、本件のように大幅な速度違反は、道路状況のいかんに拘らず当然危険を伴い交通の安全を害することが明らかであって、これを検挙処罰することは道路交通法一条の趣旨に沿いこそすれ、何ら同法に違反するものではない。所論指摘の通達は法令ではないが、右通達の趣旨に反するものとも考えられない。なお、所論中には、本件三件において取締機の設定速度が区区であることが刑罰権発動の適正公平を欠く旨の主張もあるが、そのいずれの設定速度をも大幅に超過する違反を犯した被告人が右の点の不適正、不公平を主張するのは当を得ないものであって、右各設定速度間に若干の相違のあることが被告人の検挙処罰を違法とする理由は全く存在しない。

以上の次第であって、本件取締機による各写真撮影は所論の憲法、道路交通法及び警察庁次長通達の各条項に違反するものではなく、任意捜査の一方法として許容される行為であると認められ、したがってその撮影によって得られた各写真及びこれに基づく関連証拠の証拠能力を否定すべきいわれはないというべきであるから、原判決がこれらを証拠として採用し、原判示各事実を認定したことは適法である。論旨は理由がない。

第二控訴趣意五(量刑不当の主張)について

論旨は要するに、原判示第一及び第二の各罪は、被告人が東京地方裁判所八王子支部で確定判決(昭和五七年一一月一八日宣告、同年一二月三日確定、懲役八月執行猶予三年)を受けた常習賭博罪と刑法四五条後段の併合罪の関係にあるものであり、当時、右三罪が併合審理されておれば執行猶予の判決を受けていたであろうし、そうすれば原判示第三の罪についても執行猶予の判決を受ける可能性があったと考えられること、右確定判決にかかる犯罪は本件道路交通法違反とは罪質を異にすること、被告人は現在、実兄の経営する会社に勤務し、同人の監督が期待できること、自動車運転免許が取消になり、車両も他に売却したので再犯のおそれもないこと及び現在深く反省していることなどの諸事情を考慮すれば、原判決の量刑は重きに失し、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であるというのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、被告人が三回にわたり、自車の速度が時速一〇〇キロメートルを超過していることを示す警告音を発していることを知りながら、あえて、制限速度の倍以上の高速度で普通乗用自動車を運転した事案であるが、その動機にはなんら酌量すべき余地がないばかりか、その運転速度は、深夜で他の車両が少なかったとはいえ、一歩間違えると大事故を起こしかねない高いものであった。しかも、被告人は昭和五三年以来、道路交通法違反により罰金刑に合計二〇回(この中には速度超過が四回ある)、昭和五二年以来、業務上過失傷害、風俗営業取締法違反により罰金刑に合計六回処せられていて、その法無視の態度には著しいものがあるのみならず、昭和五七年一一月一八日には常習賭博罪により懲役八月執行猶予三年の判決を受け、自重自戒の生活を送るべき身にあったにもかかわらず原判示第三の速度違反を犯したものであって、本件についての被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。したがって、当審における事実取調べの結果をも参酌し、所論の被告人のため斟酌すべき諸事情を勘案しても、被告人を原判示第一及び第二の各罪につき懲役二月に、同第三の罪につき懲役三月に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 安藤正博 長島孝太郎)

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